経済法ガール

 ※この作品はフィクションであり、実在の人物・団体とは一切関係ありません。

第1話~平成24年第1問(その1)

 八重桜の花びらがラウンジの窓の外で舞うのを、僕はぼんやりと見ていた。

 傍らには予備試験の過去問、択一問題集*1、いつも欠かせないノートPC。そして、経済法の教科書と平成24年度の司法試験選択問題が無造作に広げられている。

 僕は自習室が嫌いだ。ロースクールの自習室はみんな息苦しい程、朝から晩まで机にかじり付いている。どことなく漂う、必死さと悲壮感。うっかり音も立てられないほどの緊迫した雰囲気。これだけ勉強して、時間もお金もかけて、合格しなければどうなるのか。合格したって就職できるのか、生活できるのか。自習室にはそんな不安といら立ちが渦巻いている。

 そんな中で、大量に課される授業の予習もせずに、予備試験の問題集を開いていようものなら、不快な視線を浴びることになる。「予備試験合格者は司法試験合格率が高い」「予備試験合格者は就職に有利」なんていう不確かな情報まで飛び交って、変なやっかみまで買う。ただ僕は、僕の実力を試したいだけなのに。

 だから僕はロースクール生の居ない、このラウンジに逃げる。誰にも勉強している姿を見られたくない。誰にも会いたくない。だから、ここで勉強していた。はずだった。

 それなのに、僕は今、2週間も前から、ここで「誰か」を待ち続けている。ノートに書かれた「Non-Disclosure Agreement」の美しい文字は、明らかに邪魔なのに、まだ消せずにいる。黒く長い髪。白く柔らかい手。そして、花の香り。そう、こんな風にかすかに香ってくる桜のような。

「部長会?」

 びっくりして振り向くと、いつのまにか彼女が隣に座り、平成24年度司法試験の経済法の問題をのぞき込んでいた。幻覚かと思った。

「わっ、びっくりした。いつの間に。」
彼女は僕の質問を無視して、僕の経済法の教科書を手に取る。
「経済法は、どのくらい勉強したの?」
真っ白の教科書をペラペラとめくりながら、こちらを見ずに尋ねる。
「・・・学部の時に、一応履修だけは。ただ、予備試験とロースクール入試の勉強で忙しくて、試験直前に詰め込んだだけで、もう忘れてしまいました。予備試験や入試の試験科目でもなかったし。」
「ふうん。じゃあ、とりあえずこの平成24年度第1問では、どんな行為が問題となっているか、くらいはわかる?」
「部長会という怪しげな会合で、値上げについて合意したとか、してないとか言っているので、価格カルテルが成立するかどうかだと思いますが。」
「価格カルテルって何?」
何、と聞かれてはたと立ち止まる。この間、自分こそ、何の前提もなしに「価格カルテル」って言っていたじゃないか。
「第一、カルテルと談合の違いって何?」
「談合は、入札談合って言うくらいですから、官公庁が何かを調達するために入札する時に、入札予定者がみんなで集まって誰が受注するかを決めて、価格をつり上げる行為じゃないんですか。カルテルは・・・。入札談合以外で、なんかライバル同士で集まって、ある製品の価格を上げようって合意することですかね。」
「そういう行為って、何故悪いの?」
「だって、談合やカルテルがなければ、その商品をもう少し安く買えたかもしれないですよね。談合の場合は、官公庁が高く買うということになるので、税金がどんどん出て行っちゃうし、カルテルの場合は、消費者が害される。」
「うん。じゃあ、そんな行為を取り締まって、一体何を守りたいんだろう?」
「・・・消費者の、利益?」
「終局的にはね。独占禁止法第1条。」
彼女はまた勝手に僕の六法をパラパラとめくる。一度も見たことも使ったことのない後ろの方のページだ。

第一条  この法律は、私的独占、不当な取引制限及び不公正な取引方法を禁止し、事業支配力の過度の集中を防止して、結合、協定等の方法による生産、販売、価格、技術等の不当な制限その他一切の事業活動の不当な拘束を排除することにより、公正且つ自由な競争を促進し、事業者の創意を発揮させ、事業活動を盛んにし、雇傭及び国民実所得の水準を高め、以て、一般消費者の利益を確保するとともに、国民経済の民主的で健全な発達を促進することを目的とする。

「長くてわかりにくいけど、要するにカルテルとか談合とかそういう行為を禁止して、企業による独占や、不当な拘束を排除する。その排除によって、公正で自由な競争を促進する。その競争を促進することで、一般消費者の利益を確保するっていう構造になっている。
 消費者の利益の保護は究極の目的だけど、直接保護している訳じゃない。保護しているのは、『公正で自由な競争』。だから、基本的には競争を阻害するような行為が、独占禁止法で禁止されている。何故、競争を守ると、消費者の利益保護につながるかはわかる?」
「例えば、大学構内に食堂がひとつしかないと、その食堂は営業努力をしなくても済むから、僕たち消費者は高くてまずくてサービスの悪い昼食しか食べられない。だけど、まずい食堂の独占を排除して公正な競争を守ると、食堂がそれぞれ顧客獲得のために競争し合うことになるから、僕たちは安くて美味しくてサービスの良い昼食にありつける。って感じですかね。」
「そうそう。よく覚えているじゃない。そんな訳で、独占禁止法は『競争法』とも言われる。グローバルにはこっちの呼び方の方がスタンダードかな。
 この辺は公正取引委員会が自分たちの存在意義のアピールのためにHPで頑張って広報活動しているので、そっちに譲るわ。子ども用のマンガ*2 まで作っていて、結構わかりやすいから。」
 そう言って彼女は傍らに開いていた僕のノートPCの画面に顔を寄せ、勝手に叩く。不意に近づかれて、不覚にもドキっとする。彼女の陶器のような肌。画面では「どっきん」という名の犬らしきキャラクターが踊っていた。まるで僕の鼓動を見透かされているみたいだ。
「気に入ったら、デスクトップの壁紙にしておくと良いよ。」
「ぜ、善処します。」
 彼女のPCのデスクトップは、やっぱり「どっきん」の壁紙なんだろうか。

「で、カルテルと談合の違いだけど。独占禁止法3条。」

第三条  事業者は、私的独占又は不当な取引制限をしてはならない。

「カルテルも談合も、どこにも出て来ませんけど。」
「実はカルテルという言葉は、法律には登場しない。談合は刑法や入札談合等関与行為防止法に登場するけど、独占禁止法には登場しない。この『不当な取引制限』というのが、カルテルのことも談合のことも指す。定義規定は独占禁止法2条6項。」

第二条 6  この法律において「不当な取引制限」とは、事業者が、契約、協定その他何らの名義をもつてするかを問わず、他の事業者と共同して対価を決定し、維持し、若しくは引き上げ、又は数量、技術、製品、設備若しくは取引の相手方を制限する等相互にその事業活動を拘束し、又は遂行することにより、公共の利益に反して、一定の取引分野における競争を実質的に制限することをいう。

「ホントだ。区別されていませんね。」
「この不当な取引制限の本質は『複数の事業者が共同して何らかの行為をすることにより、市場における競争を制限する行為』。そういう意味ではカルテルも談合も違いはない。
 一応公正取引委員会は、カルテルを『事業者又は業界団体の構成事業者が相互に連絡を取り合い,本来,各事業者が自主的に決めるべき商品の価格や販売・生産数量などを共同で取り決める行為』、入札談合を『国や地方公共団体などの公共工事や物品の公共調達に関する入札に際し,事前に,受注事業者や受注金額などを決めてしまう行為』と説明している*3 。でも、論文によっては、『カルテル』と言っているのに入札談合を含んでいたりすることがあるので、文脈での判断が必要ね。」
「それは単に翻訳の問題ではなく?」
「『カルテル』、つまり、“Cartel”という言葉の定義が一義的じゃないっていうのは、英語文献を読んでいても同じ。たとえば、価格カルテルは英語で"Price fixing"というけれど、Price fixingのことを指して単にCartelって言うこともあれば、入札談合、つまり、"Bid rigging"も含めてCartelと呼ばれることもある。後者の典型例は、Price fixingとBid riggingを合わせて、『ハードコア・カルテル(Hardcore Cartel)』と呼ばれていることかな。その他に、『Aさんは日本で売って、Bさんはアメリカで売ろう』みたいな市場分割カルテルも、"Market sharing"と呼ばれ、ハードコア・カルテルに含まれる。ちなみに、これらのハードコア・カルテルは、グローバルに当然違法な行為、“per se illegal” だとされているわ。」
「ちょっと、いきなり英語が出てきたんですけど、独占禁止法って日本だけの法律じゃないんですか。さっきからグローバルって言ってますけど、日本には関係ないんじゃ。」

 彼女の綺麗な眉が、少しだけ上がる。何か、まずいことを言っただろうか?
「そっか、そこからなのね。『独占禁止法』という法律は確かに日本の法律だけど、同じように公正で自由な競争を守るための競争法は、世界各国100カ国以上で整備されている。アメリカ、EU、日本と少しずつ差はあるけれど、枠組みは世界各国でかなり共通する部分が多い*4 。今まであまり競争法が整備されていなかったアジアでも、EU競争法をベースとしたASEANの競争法ガイドラインに沿った競争法の整備が進められている*5
 ビジネスがグローバル化すると、色々な国の市場に影響を及ぼすってことだから、各国の競争法が適用されるリスクが高まる。しかも、最近では、マリンホース事件やブラウン管国際カルテル事件を皮切りに、グローバルにビジネスを展開している日本企業が国際カルテルで捕まる例が頻発しているわ。例えば、EUでは莫大な課徴金が課されるのが特徴だけど、最近では2012年に課徴金が一社につき約4億ユーロという額にのぼった例*6もある。」
「2012年のレートが大体1ユーロ100円だとすると、4億ユーロで400億円ですか・・・。」
それだけの金額を課されると、カルテルで稼いだ利益なんて、全て吹っ飛んでしまうんじゃないだろうか。
「もっと怖いのがアメリカで、CEOや営業責任者・担当者が実際にアメリカの牢獄に入れられたり、クラス・アクションが起こったりする。
 クラス・アクションって知ってる?個々の消費者が集まって、企業から損害賠償を得るための訴訟のこと。『カルテルがなければ、もっと商品を安く買えたはずなのに!』って訳ね。大体成功報酬狙いの弁護士がけしかけて、消費者も『貰えたら儲けもの』って感じで訴訟を提起するんだけど、一人ひとりが貰える賠償額は安くても、集団になると、企業にとっては莫大な損害賠償になる。しかも、アメリカは陪審制だし、ディスカバリーといって、膨大な書類や電子データを開示しなければならないなど、訴訟に対応するだけでも、とっても大変。弁護士費用も目玉が飛び出るほど高いしね。
 そういう訳で、競争法違反のリスクは、市場がグローバル化すればするほど、海外進出すればするほど、どんどん高くなる。でも、知っての通り、もう日本企業は、日本だけのビジネスでは生きていけない。リスクを取ってでも世界市場で戦わなければならない。今や、企業にとっては国際カルテルの防止が、経営上、特にコンプライアンス上の最重要課題と言っても過言ではないわね。だから、ビジネスローヤーにとって、競争法は必須科目だって言っているのよ。」
 そう彼女は一気にまくし立てた。いつもはどことなく冷たい雰囲気の彼女だけど、実は熱い心を持っているのかもしれない。少なくとも経済法に関しては。
「ちょっと熱くなりすぎたわね。まあ、それだけ経済法、というか競争法はグローバルビジネスにとって欠かせない存在なのよ。司法試験や法科大学院では、『ちょっとマイナーな選択科目』に甘んじているけれど。君も予備試験と司法試験に合格して、大手法律事務所へ入所して、グローバルビジネスに携わることを希望しているなら、よく勉強しておきなさい。」
「はい。努力します。」
「うむ、よろしい。」
彼女の迫力に気圧されて、僕が素直にそう言うと、彼女は、満足そうに微笑む。
「では、今回の価格カルテルに戻りましょう。今、話したような背景もあって、カルテルが出題されたのは必然とも言えるわね。独占禁止法2条6項をもう一度開いて。」

第二条 6  この法律において「不当な取引制限」とは、事業者が、契約、協定その他何らの名義をもつてするかを問わず、他の事業者と共同して対価を決定し、維持し、若しくは引き上げ、又は数量、技術、製品、設備若しくは取引の相手方を制限する等相互にその事業活動を拘束し、又は遂行することにより、公共の利益に反して、一定の取引分野における競争を実質的に制限することをいう。

「この条文から、『不当な取引制限』と言えるには、どんな要件が揃っていたら良い?」
「ええと、まずは『事業者』であること。それから、『契約、協定その他何らの名義を・・・』ん?これって、どこまで繋がっているんですかね。」
「そうだよね、わかんないよね。2条6項の定義規定は、悪文であるとも言われているわ*7
 わかりにくい条文だけど、独占禁止法の条文は講学上、『行為要件』と『効果要件(弊害要件)』に分かれている。行為要件は、禁止されている行為そのもの。どんな行為をしちゃダメかっていうカタログね。
 効果要件は、その名の通り、競争制限効果が生じているという要件。独占禁止法はさっき言った通り、公正な競争を守るための法律だから、どんなに行為要件に該当する行為をしたって、競争が制限されていなければ、別に取り締まる必要はない。だから、実際に競争が制限されてますよ、っていう効果も要求される。

一応、条文になぞらえて分けると、行為要件が、

①事業者が、

②何らの名義をもつてするかを問わず、

③他の事業者と共同して対価を決定し、維持し、若しくは引き上げ、又は数量、技術、製品、設備若しくは取引の相手方を制限する等相互にその事業活動を拘束し、又は遂行すること

の3つ。といっても、②は修飾語みたいなものなので、実質は①と③ね*8

一方、効果要件は、
④公共の利益に反して、

⑤一定の取引分野における競争を実質的に制限することの2つ。それぞれの要件の細かいところは問題を解きながら解説するとして、早速問題を見てみましょうか。」

 そう言って、彼女は僕から経済法の問題をすっと取り上げる。一瞬だけ触れた指先。わざとなのか、偶然なのか。僕は、カルテルや談合などという不当な取引制限についた無意味な名前よりも、彼女の名前が、そして、彼女が一体何者なのかが、気になって仕方なかった。

*1:予備試験の択一試験問題は7割ほど司法試験の択一試験と共通の設問が出題されます。その関係で司法試験の科目順も変わりました。予備試験開始前は択一試験→論文試験でしたが、予備試験開始後は論文試験→択一試験となり、最終日の日曜日に司法試験択一試験と予備試験択一試験を同時に実施しています。

*2:https://www.jftc.go.jp/kids/off_sound/manga_index.html参照。

*3:http://www.jftc.go.jp/dk/dkgaiyo/kisei.html参照。

*4:カルテル・談合の禁止の枠組みなどは、ほぼ全世界共通ですが、アメリカでは優越的地位の濫用がないなど、少しだけ違う部分もあります。公正取引委員会のHPにて世界各国の競争法の概要を掲載しています。https://www.jftc.go.jp/kokusai/worldcom/index.html

*5:ASEAN加盟国では2015年までに競争法を制定することとなっており、ASEANから加盟国にガイドラインが示されています。http://www.asean.org/communities/asean-economic-community/category/competition-policy

*6:ブラウン管国際カルテル事件では2012年12月にLGディスプレイが1社で3億9194万ユーロの制裁金支払命令を受けています。日本企業でもパナソニックがグループ計で2億5210万ユーロ、東芝が2万8000ユーロの命令を受けており、9社で計14億7052万ユーロの制裁金を受けています。http://europa.eu/rapid/press-release_IP-12-1317_en.htm?locale=en

*7:白石忠志「独占禁止法(第2版)」124頁。独占禁止法は終戦直後の1947年に制定されており、原案はGHQから提示されたものなので、憲法の前文が悪文だと言われているのと、同じ現象かもしれません。

*8:②をわざわざ要件としない方が主流のような気がしますが(金井他「独占禁止法(第3版)」44頁、有斐閣アルマ「経済法(5版補訂)」90頁など)、ネタ本である菅久修一編『独占禁止法』では要件として独立させていたため、ここでは一応要件として分離させています。

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第0話 ~出会い

まえがきはこちら。

 

22歳の4月。

 

ロースクールの入学式の後、僕はクラスとやらの懇親会をサボってラウンジで予備試験答練の復習をしていた。
昨年の予備試験にわずか1点差で落ちなければ、こんなところに居る予定は無かったのに。

 

「弁護士職務基本規程?」

 

おどろいて振り向くと、背後から問題をのぞき込む女の子、いや、女性が居た。
黒くてまっすぐなロングヘアーから、かすかに花のような香りがする。

 

うん、と僕は答える。彼女は薄いブルーのメタルフレームの眼鏡をくいっと上げ、目を細めて法律実務基礎科目(民事)の問題*1に付された弁護士職務基本規程の文字を追う。

 

彼女は僕の肩越しに身を寄せながら、つぶやく。
「予備試験って、こんな問題が出るのね。でも、法曹倫理なんて、規程をきちんと読んで常識に従って考えればすぐにわかる。覚える必要なんてないでしょ。」
いいんだよ、1点でも取り逃さないように練習しているだけなんだから、と僕は目を伏せる。

 

「実際に依頼を受けた気分になって規程を読んでみると、楽しいよ。」
彼女は僕の耳に口を寄せてささやく。

 

「あなたはメーカーの社内で働く弁護士です。ある日企画の人が急いでやってきて、『ライバルメーカーに発売前の新製品の価格情報を出さねばならないので、NDAを作って下さい』と言われました。さて、貴方が弁護士倫理上、気をつけなければならないことは?」

彼女は遠慮もせずに隣の席に座り、僕の手からペンを取る。白くて綺麗な手が一瞬、僕の手に触れる。

 

NDAがわからない?」
僕は心の中で(秘密保持契約)と答える。でも声には出さない。

 

彼女はサラサラと僕のノートにNon-Disclosure Agreementと綺麗な字で綴る。
「頭文字を取って、NDA。秘密保持契約とも機密保持契約とも言う。要するに秘密情報を守れ、っていう義務を課す契約。さて、君なら何に気をつける?」

「秘密保持契約だから・・・弁護士法23条の秘密保持義務と、弁護士職務基本規程第23条『依頼者について職務上知り得た秘密を他に漏らし、利用してはならない』に違反しないように、秘密管理に気をつけるとか?」

「そうね、それは大前提だけど。もう一つ、大きな問題がある。」

彼女は神妙な顔で身体を起こす。かすかにまた花の香りがした。

「『何のために』、ライバルメーカーに、発売前の価格情報なんて出すの?」
あっ、と気がつく。ライバルに発売前の製品の価格を教える訳がない。発売前に新製品の価格を知られたら、出し抜かれてしまうじゃないか。

 

「そう、おかしいよね。」

彼女は急に講義しているような口調になる。

「競争相手であるはずのライバルメーカーに発売前の製品価格を流すということは、『競争せずに仲良く売りましょう』という目的で情報を流す、つまり、価格カルテルを結んで競争を制限しようとしている可能性が高い。カルテルは不当な取引制限として独占禁止法2条6項および3条で禁止されている行為 。そうすると?」

「弁護士職務基本規程51条。『違法行為を行おうとしていることを知った時は・・・その組織内における適切な措置を取らなければならない。』」

「正解。上司に報告し、社内調査を行なって、必要なら公正取引委員会へのリーニエンシーなども検討する。
経済法*2なんて、単なるマイナーな選択科目だと思っているかもしれないけれど、実務では思わぬところでしばしば遭遇する。将来企業法務に関わりたいなら、勉強しておいた方が身のためよ。」*3

 

「じゃ、また会いましょう。」


そう言って、呆然としている僕を尻目に、彼女は席を立った。
後に残る花の香りと、一瞬触れた柔らかい白い手のぬくもりだけが、いつまでも忘れられなかった。

 

*1:平成24年度(昨年度)予備試験の「法律実務基礎科目」の問題はこちらをご参照下さい。※pdf直リンク注意

*2:司法試験科目および法学部・法科大学院においては、独占禁止法を扱う科目は「経済法」と呼ばれます。なお、司法試験科目の「経済法」の範囲は①独占禁止法、②入札談合等関与行為の排除及び防止並びに職員による入札等の公正を害すべき行為の処罰に関する法律③下請代金支払遅延等防止法(下請法)④不当景品類及び不当表示防止法(景表法)⑤不公正な取引方法(昭和57年6月18日公正取引委員会告示第15号)となっていますが、実際には毎年独占禁止法と⑤の告示から出題されています。

*3:なお、NDAの検討においては、独占禁止法違反が問題となる以前に、開示した情報を目的以外に使われないためにも「何のために」情報を出すか、というチェックが欠かせません。

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経済法ガール まえがき

2013年5月29日、法学と萌えを融合させたid:tower-of-babel様の「憲法ガール」がとうとう書籍化されました。(参照:『憲法ガール』書籍化しました! - インテグリティな日々。


数年の社会人経験を経て、現在とある法科大学院に通う私は、数年ぶりに接する法学に四苦八苦する毎日を送っています。特に入学直後は、判例も何もかも学生時代とは変わっていて、予想より遥かに苦しい日々を過ごしていました。そんな時、id:tower-of-babel様の「憲法ガール」、そしてid:ronnor様の「『法学ガール』商法編」という素晴らしい作品たちと出会い、授業では理解が追いつかないとき、どうしても勉強に行き詰まった時、これらの作品を読んで救われました。そのようなご恩があり、「憲法ガール」書籍化をまるで自分のことのように嬉しく思っています。

そして、私も微力ながら、数年後に控えた新司法試験に向けた自らの勉強のため、また、今まではただ一方的に頂くだけだった知識を何か成果として形にまとめたい、という漠然とした思いを抱き、この「経済法ガール」の構想を温めていました。とはいえ、一学生の能力では限界もあり、この構想は一人で悶々と妄想するに留まるのだろう、と半ばあきらめてもいました。

そんな中、「憲法ガール」書籍化ニュースの機会に、法学をこよなく愛する友人たちにこの構想を打ち明けたところ、新司法試験問題の法律構成や下書きへのコメントをはじめとして、絶大なるご支援を頂きました。

そして、各方面の法律家として活躍する友人たちの、多大なるお力添えのお陰で、一人の力では絶対に不可能だった、この「経済法ガール」が実現に至ることとなりました。この親切で優秀な友人たちをはじめとする、全ての「出会い」に、この場を借りて厚く御礼申し上げます。

「憲法ガール」書籍化と同時の公開となり、「柳の下のどじょう」であるというご批判もあるかと思います。

それでも、教材の少ない経済法の学習に苦しむ法科大学院生、経済法を学んでもなかなかイメージが沸かない法学部生、法科大学院の現状に興味のある実務家の方々、そして、誰よりも、日々のビジネスの中で、自分の身を守るために独禁法知識の必要性を感じているビジネスマンの方々など、幅広い方々に、少しでも楽しみながらお読み頂けるような作品に出来たら良いな、と思っています。

現役法科大学院生ということもあり、学業との両立の中で、なかなか更新が進まないこともあろうかと思いますが、暖かくのんびりと見守って頂ければ幸いです。


■基本コンセプト
司法試験選択問題である経済法の問題を題材に、法科大学院生が熱い(?)議論を交わします。
キャラ設定は後々話が進んでから別途公開します。

司法試験の問題を題材としますが、単なる法学的な議論に留まらず、実際のビジネスとの関わりも適宜触れながら書き進めて行けたらと思っています。

参考書につきましては、折しも今年2月に公正取引委員会の運用が素晴らしくまとめられた、菅久修一編独占禁止法が出版されましたので、この本をベースにする予定です。併せて白石先生の独占禁止法 第2版、金井・泉水・川濱先生の独占禁止法 第4版など、定番の基本書も参照し、受験勉強や実務に耐えうるものにしていく所存です。

また、現役法科大学院生の立場から、予備試験と法科大学院の微妙な関係、3年コース(いわゆる未修コース)と2年コース(いわゆる既習コース)の関係など、現在の法科大学院生活の現状もフラットに描いていければと思っております。

と、真面目なことを書き連ねましたが、全ての原動力は「何故か気になる美しいツンデレお姉さんと、好き好きアピールされて気になる可愛くていじらしい妹ちゃんの二人からアプローチされ、どっちも選べない羨ましすぎる状況」という「萌え」を描くところにあります(笑)美しいメガネっ娘とかわゆい小動物系女子の公正競争の行方を楽しんで頂ければ、何より幸いです。

■ご意見・ご感想・ご指摘等
ご意見・ご感想・ご指摘等がございましたら、コメント欄または
以下のメールアドレスまでご連絡頂ければ嬉しいです。
コメント欄については承認制とさせて頂いております。
学業を第一優先とさせて頂くため、対応が遅れる場合がありますが、どうぞご容赦下さい。

comp.juristあっと じーめーる.こむ

(6/15追記:匿名のコメント欄は対応がやはり難しいので、閉鎖させて頂きました。)

■注意事項
この作品はフィクションであり、実在の人物・団体とは一切関係ありません。
法律に関する部分は当然現実のものですが、その他の部分については、全てフィクションです。
私の所属する法科大学院とも、一切関係ありません。
(なるべく他の法科大学院に関する情報を集め、最大公約数を取るようにしています)
法科大学院の生活やキャラ設定等は、あくまでもフィクションとしてお楽しみ下さい。